ざるビオラ・わくわく日記

素人ビオラの今の自分から過去の自分へ教えてあげることを書いています。

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少しづつ②

2010-02-14_09-55.jpg
日原公大氏作品より

昔の夢物語の続き

昭和30年代の首相は池田勇人さんだったか。その教えのとおり、
日本のサラリー家庭は、父親が働き、妻が子育てし、分業を守っていた。
というか、社会がそのモデルを推奨し、日本全体が高度経済成長の準備をした時代。

どこの家もガッチャンポンプで水をくみ上げ、まきを燃やして風呂を炊いた。
家の前の砂利道には、時折馬が荷台を引いて通ったことも覚えている。

私が生まれた時、お産は軽く、産婆さんが間に合わず、生まれてから駆けつけたという。
そして母が通った女学校の恩師の名前を私にそのままつけてくれた。
私はいつも元気でうるさく、わがままをよく言い、我が強かった。
そしてよく兄弟げんかをし、よく泣き喚き、よく押入れに入れられ、お灸をすえられた。
川遊びに行き、水神さん(という川)へ行ってはサンダルを流し、しかられた。

家にはラジオがあり、兄が野球の実況を聴いたり、兄弟で「赤胴鈴之助」などを聴いた。
母は台所にいて、風呂や炊事など、家事に忙しかった。
風呂の水汲みやまきで風呂炊きとか、子供も家事を手伝った。
姉が買ってきたオレンジの粉を水で溶いて作るジュースが今でも思いだす新鮮な出来事。

父はいつも出かけて働き、母はいつも家にいて子育てをした。
10歳年上の姉が、服を作ってくれたり、ぬいぐるみをつくってくれた。
夜寝る時は、兄弟で別々な歌を同時に歌ってつられない遊びをした。
私にとって家庭は楽しい世界だった。
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  1. 2010/06/23(水) 23:20:53|
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  1. 2010/06/24(木) 22:00:18 |
  2. |
  3. #
  4. [ 編集 ]

No title

さんへ
昔のことを思いだしていたら、楽しくなってきました。
きっと年をとったのですね。
私にも楽しい時があったのだと、改めて今を作っている土台を思いました。少しでも文章に纏めると、訓練になります。こんなものでも。
  1. 2010/06/25(金) 06:22:40 |
  2. URL |
  3. びよばば #-
  4. [ 編集 ]

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